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「お求めやすい」:違和感の正体と業界用語説

「お求めやすい」を考える

ときどき店内放送などで聞こえてくる「お求めやすい」という言い回しについて、感じたことや考えたことを書きます。

「『お求めやすい』ではなく『お求めになりやすい』が正しい表現」といった記事も読んだことがあります。たしかに敬語の文法上は「お求めになりやすい」が正解です。

でも、「お求めやすい」も「お求めになりやすい」も、どっちもしっくりこないな……と筆者はつねづね感じています。

「お求めやすい」「お求めになりやすい」に違和感を覚えるのはなぜか、その理由を探ってみます。

文法的には「お求めになりやすい」

文法的には「お求めになりやすい」

尊敬語「お求めになる」+形容詞「やすい」

すっかりおなじみの「お求めやすい」ですが、文法的に正しい形は「お求めになりやすい」です。

「『求めやすい』に『お』を付け足せば丁寧な表現になる」という発想から生まれたのかもしれませんが、「お求めやすい」という形は誤りです。「お飲みやすい」「お乗りやすい」といった言い回しが認められないのと同じですね。

「求めやすい」を正しい敬語にするには、動詞「求める」を尊敬語「お〜になる」の形に改めます。まずは、動詞「求める」を「お求めになる」に。そこに形容詞「やすい(易い)」が加わって「お求めになりやすい」です。

「お求めになりやすい」もしっくりこない理由

「求めやすい」の意味

「お求めやすい」の正確な意味はわかりませんが、「お求めやすい価格にてご提供」などの用例から察するに「気軽に買える」といったところでしょうか。筆者は、低価格をアピールしたいときの決まり文句と捉えています。

また「求める(購める)」には「購入する」という意味があるので、「お求めやすい」は「買いやすい」に相当する尊敬語として発明されたものと解釈できます。

ここで「買う」の代わりに「求める」を採用したのが、(筆者が個人的に)しっくりこない原因なのかも? と考えています。

「求める(=買う)」の用法になじみがない

「求める」には、以下の通り複数の意味があります。

  • ほしがる
  • (相手に)要求する
  • さがす
  • 購入する

先に述べた通り、「お求めやすい」の「求める」は、「購入する」という意味ですね。「お買い求めやすい」という言い回しも聞いたことがあります。

しかし、「買う」の意味で「求める」を使う機会は少なく、「求める」「買い求める」は筆者にとってなじみのない表現です。なじみがないから、意味は理解できても、字の並びや音の響きがなんだか珍しくて頭に引っかかる瞬間があります。

「お求めやすい」以外で「求める(=買う)」が広く使われている例を思いついた方は、教えてくださると嬉しいです。

心の動きを決めつけるようで不自然

目的語などの情報が付加されていない「求める」を見聞きすると、筆者はどうしても「購入する」より先に「ほしがる」という意味を連想してしまいます。

すると、「求める=ほしがる」という思い込みのせいで、「お求めやすい=(あなたはそれを)たやすくほしがることができる」と言われているように感じてしまいます。

もちろん「求めやすい=買いやすい」という知識を忘れることはないのですが、強固なイメージの影響に負けて、ときどき「買い手の『求める(=ほしがる)』という心の動きの『たやすさ』は、売り手に決められるものではないのでは?」という気分になります。

これが、文法的に正しい形に改めてもしっくりこない理由のひとつです。

「お求めやすい」の言い換え表現

  • お手頃(手頃)
  • リーズナブル
  • お得、お買い得
  • ご奉仕

「安い」の類語はもっとたくさんありますが、そのなかでも「お求めやすい」と置き換えても不自然ではない言い回しだけを取り上げてみました。

なかでも「ちょうどよい」を意味する「手頃」は、「価格のほか、性能や扱いやすさの観点からもおすすめ」というニュアンスをこの短い一語で表現することができ、まさに手頃な言い回しだと思います。

おまけ

「買いやすさ」は売り手が決めるもの?

ことば選び以前の話に戻りますが、「そもそも買い手にとっての『買いやすさ』を売り手が決めるのだって、経済状況を決めつけているようで不自然では? 高価な商品を『買いにくい』と形容することはないよね?」という疑問もあります。

言い回しをどんなふうに変えようと、買い手にとっての「買いやすさ」に売り手が言及するという姿勢がうかがえる表現に対して、筆者は身構えてしまうのかもしれません。

ただし「買いやすい」と言い切るくらいが効果的なのだという事情も想像がつきます。「お求めやすい」を使うのは低価格を売りにしている店です。買うという決断を促す適切な手段は、流暢な敬語や控えめな上品さではなく、力強くて短いキャッチフレーズなのでしょう。

業界用語だと思ってみる

接客や仕事で見聞きすることばがしっくりこないときは、「やたら多くの一般人に認知されている特殊な業界用語なんだ」とでも思ってみると、多少のみこみやすくなる気がします。

「お求めやすい」に違和感を覚えない人は、これと似たようなことが自然にできているのだと思います。「あまりにもよく聞くから、もうそういうお決まりの挨拶だと思っていた」というわけです。

とはいえ「そういうものだから、それ以上考えない」というルールはありません。特定の表現が広く使われている現状を否定しないことと、その表現に違和感を覚えたり根拠を探ったりすることとは両立するので、これからも「なんでしっくりこないんだろう?」とたのしく考えます。